■現代根付作家 及川空観(及川 昭二氏)39回英米
何もない空から世界を見て第一回「ゴールデン根付アワード」受賞

はじめまして、空観さん

 2014年4月3日、取材の日。改札口を出ると、少年のように輝く笑顔が待っていた。笑顔の主は及川空観。と、今でこそさらりと書けるが、この日を迎えるまで相当な遠回りをした。
 及川氏とは武蔵の文芸仲間。「文章も絵も描けて、魔法のように物語を創り出す及川さん」の溢れる創作意欲と才能は文筆業に向かうものと思って長年過ごしていた。
 初対面の日に、彼のことを「発掘調査をしながら文学を志す人」と勘違いして以来、彼が「化石を掘る人」ではなく「根付を彫る人」で、根付界で活躍する噂の「空観さん」は彼の双子の兄弟ではなく及川くん本人!と判明するまで三年。亀の歩みながら「空観の世界」へと接近し、この記事を書くこととなった。

 「根付」といえば、日本古来の伝統工芸。『水戸黄門』に出てくる「職人の世界」をイメージしながら記事を書き始め、一時間もしないうちに「根付地獄」に陥った。タイトルの肩書きを「根付職人」としてみたが、自由で西洋的ロマンに溢れる及川さんの芸術性と「職人」の姿は相反して猛烈な違和感。セキュリティの強い私の心のコンピューターは「及川さん=空観」と認識できずフリーズの嵐となった。「根付師」「根付彫刻家」…と肩書きは決まらず二転三転。私は七転八倒。一行も進まない。
 「どうして及川さんは根付の世界にいるのだろう?」と、頭の中が?マークの手裏剣だらけのある日、届いた宅配便を開いて目から鱗。根付専門の美術館、京都の「清宗根付館」から出版されたばかりの作品集が天の助けの如く現れたのだ。タイトルは『根付作家、空観の世界』、差出人は及川空観。その名の通り、自慢話の一つもせず、自分より相手の世界を大切に観る人、だった。作品集に感謝して鞄に詰め込み、空観のアトリエを目指して一目散。

 と、長い前置きになったが、とにかく、本日漸く無事に及川さん=空観の笑顔に辿り着いた。特製、「無農薬&手絞りレモネード」をいただき、心のコンピューターにギューンと気合いを入れる。再起動するのだ。及川さんにとって一番大切な「空観の世界」を観るために…。

現代根付の世界

  「現代根付は作家の個性を大切にする世界です。だから、僕には子弟関係がありません」
 空観は「根付職人」ではなく、その世界を「現代アート」として捉えて「根付で表現する人」だった。世界で100人もいない貴重な「現代根付作家」の一人である。
 作品を観て、お財布の端に付ける旧型ストラップのイメージは吹き飛んだ。西洋のヴィーナスもJAZZの楽器も「根付」となって輝いている。
 何もないところから作品の可能性を観て、自由に作品を創り出す「空観の世界」を初めて観た。

空観の根付創作

 「作品のテーマや物語を考えて、主人公を立体的にデッサンし、材質を決めたら彫り続ける」という空観の根付創作の要は何と言ってもそのデッサン力。「デッサン帳」には作品のモチーフが見事に描かれていた。
 「武蔵美じゃなくて武蔵大学ですよね?」と、独学とは思えぬ手腕に見惚れていると、突然、ガリガリガリッ…。空観が黙々と根付を彫っていて、彫刻刀が動くたびに大きな音が響く。
「マンモスの骨ですか?」
「骨じゃなくて牙です」
 材質によって模様や音、匂いまで違うという。質の悪いマンモスは臭いらしいが、空観はアラスカから上質なマンモスを取り寄せるので心配はご無用。

武蔵大学に学ぶ

 及川氏の故郷は岩手県金ヶ崎町。「絵描き」になることを夢見る及川少年の瞳は、「立体」に惹かれ、プラモデルの兵隊をブルース・リーに改造。造形美術の神童のような幼少期から人の心も立体的に観て育った彼は厚い人望も得ていた。小・中・高と児童&生徒会長を務め上げ、遊ぶ暇もなく大学受験。
 「美術大学か一般大学か?」と悩んだ末、賢い決断を下した。「美大より、武蔵の方が幅広く学べる!」と、1987年、人文学部欧米文化学科に入学。部活はなぜか演劇部。岩手訛りを気にするシャイな学生、及川青年はブランド・ブームの波に乗り、Yohji Yamamotoに憧れた。アルバイト先の古着屋でポスターや看板を描いてある意味、「絵描き」の夢は実現。次なる夢を「ファッション・デザイナー」へと拡大したが、欧州の文化や文学に惹かれる彼は、学業も怠らなかった。仙北谷教授のご指導でオスカー・ワイルドの卒業論文を書き上げ、『幸福な王子』の精神を学んだ及川氏は1991年、新しい世界を求める燕のように武蔵大学を卒業した。
 「武蔵らしい学風の中、自由に学び、和になれる協調性を得たことが今の自分に生きている」 彼の代表作『越冬』にはオスカーの心が生きている。彼の穏やかさと人を包み込むようなやさしさは天性のものと感じていたが、どうやら武蔵大学のお陰でもあるようだ。

根付作家への道

「根付って知っとる?」
「バーコードで値段を読み取って付ける人や」
「ちゃいまんねん、根付は日本の文化なんやで」
 根付の意味を教えてくれた友人、大西幸祐氏の誘いで伊勢の「街おこし」に参加。著名な根付師、中川忠峰氏の展示会を手伝い、そのお礼に頂いた包みを開くと何と柘植の塊が現れた。 「塊のまま大事に持っていましたが、突然、彫りたくなって初めて彫った作品がこの獅子です」
 赤い座布団に座って睨みを効かせる獅子が云う。「尻尾に難あり、ということは書くなよ」…了解。

プロ意識の成長

 初めて個展を開催したのは2006年12月。
 「空観」という刻名が生まれたのもこの時。
 「何もない空から何かを観る」という意味を込めて命名した。会社勤務と掛け持ちの為、一年を掛けて万全の準備をした結果、個展は成功。作品は完売。「お金を貰ったら、次の作品に生かそう!」と考えて成長した空観は2008年、ついに根付創作を生業とする覚悟を決めた。
 「今しか遺せないもの、今、生きていることを作品に表したい。何でも彫れるプロの作家として、大きな振れ幅を持ちたいから作品の可能性を追求し続けたい」という空観の言葉はプロの証。深く心を打たれた。

空観の夢

 「根付の世界からは人間国宝が出ない」と、初めて伺った。
 「根付文化を認めていただく為に、子供たちの教科書に根付や印籠のことを採り上げて、創造と可能性に満ちた根付の世界を広く皆様に理解してほしい」
  空観の夢は「根付界」の夢。2008年、大阪藝術大学で「特別講義」を行った他、遠方や地域の講演会にも参加。「根付の可能性」を語る彼は、今年、記念すべき第1回「ゴールデン根付アワード」を受賞。受賞作『夢遊』について「希望に満ちた将来への期待感を少女の笑顔に込めた」と表彰式で語る世界の「OIKAWA」。
 彼が根付界で活躍し、夢を語り続けることが「根付文化」の発展に通じる。
 「頑張れ! 武蔵な人!」と心から応援したい。


夢遊(ゆめのあそび)
ふるさとの大きな空に夢も大きくはばたく

★取材を終えて★
 亀の歩みを見守り、「空観の世界」のドアを開いて下さったことに感謝。
「根付って及川さんにピッタリな世界だ」と思える今、心から受賞のお祝いを申し上げ、魅力溢れる彼のブログ、『こんな日は月でも観に行こう』を皆様にご覧いただけますよう、謝辞に添えてお願いします。
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(取材と文:橋 佳里子、32回英米)