■武蔵大学の体育・スポーツの歩み
  その2「体育連合会と白雉体育会」

武蔵大学名誉教授 福本 久雄
(昭28〜40 高中専任・ 昭45〜平12 大学専任)

 私はよく他大学の先生方に武蔵の体連のことを自慢することがある。なぜならば武蔵の体連は真の学生スポーツのありかたを示しているからである。
 体連の歴史は昭和25年(1950)第1回四大学運動競技会(於学習院)に参加するため、学友会の体育部総務として立ち上がった。その後昭和36年(1961)学友会に所属 していた運動部9団体(バスケット、サッカー、ホッケーなど)がまとまって「運動部連合会」(運連)と名称を変え体制の強化をはかった。この「運連」に次々と運動部が加入し大きな組織となっていった。

第41回学内運動競技大会  この「運連」の特色は運動部の相互強化だけでなく一般学生へのスポーツ参加を呼びかけたことである。昭和40年(1965)に第1回学内運動競技大会を開催し、多数の一般学生の参加をみた。毎年5月に行われるこの大会も年々盛んになり今年で44回目を迎えた。
 「運連」はその後昭和43年(1968)に「体育連合会」と改称し再編成を行った。体育部総務、運連、体連と名称は変わったが、受け継がれた考え方は少しも変わることなく引き継がれている。学業優先、先輩・後輩間の自由な雰囲気、部や組織からの拘束を嫌う風潮などは今も変わっていない。
白雉体育会 創立25周年 この「体連」を陰となり日向となって支えているのが、体連所属の各部のOBが連帯して作った「白雉体育会」である。これも他大学では余りみられない組織である。昭和58年(1983)に初代会長山川進康さん(ホッケー部OB5回生)の提案で発足した。設立の目的は現役体連の支援は勿論、大学行事、同窓会行事に「体連OB会」としてまとまって支援していこうということにある。

  第2代鳥居重男会長(硬式テニス部10回生)は大学40周年、50周年記念同窓会やスポーツフェスティバルなどの行事を中心的に行い大成功を納めた。第3代菅野洋会長(柔道部12回生)白雉体育会 創立25周年になって「白雉体育会」と改め、会の目的を現役体連の支援の度合を強めることにした。また平成15年(2003)から始まった大学と同窓会共催のホームカミングでは白雉体育会の協力は欠かせないものとなっている。平成19年(2007)には創立25周年を迎え、第4代藤本紀之会長(ラグビー部13回生)の元、祝賀会が盛大に行われより強固になった。

  武蔵の良さはこの様に現役とOBとの繋がりを大切にしているところである。この繋がりが武蔵ファミリーを生み出していると言える。