■平井卓郎先生 旧蔵の山家集 (第3回)
武蔵大学名誉教授 鳥居 邦朗

 武蔵大学図書館の貴重図書に、名誉教授平井卓郎博士の寄贈された六家集がある。それ自体は江戸時代の木版本でさほど珍しいものではない。しかし、その中で貴重なものは西行の山家集の書き入れである。この本の寄贈に当たって平井先生ご自身が残されたメモ風の解説が添えられていた。その一節を引こう。

現在西行の歌集といへば「山家集」であるが、その元になるのが流布本で板本の「六家集本山家集」である。写本としては陽明文庫本・細川幽斉奥書本・松屋本の三種類がある。松屋本は近世の国学者小山田與清(松屋と号す)の旧蔵本(延宝三年奥書ある古写本)で、今日その所在は不明であるが、その門弟「たか邊のやのあるじ源都止布」(伝未詳)がこれを師より借り受け、六家集本山家集を用ひて校合書入れを行った(文政十年五月)ものが残ってゐる。それが即ち本書である。
平井卓郎教授 平井先生は昭和九(1934)年に東京帝国大学文学部国文学科卒業と同時に武蔵高等学校に着任された。その数年後に神田の古書店でこの六家集を見つけて入手されたのである。先生は早速「新しく発見された西行の和歌」を雑誌『文学』に寄稿して、六十三首の西行歌を学界に報告された。その後の西行全集などには松屋本も取り入れられて、いまでは六十三首を活字で見ることは容易である。
 しかし元の本は筆で書き込まれた天下の孤本であり、その道の専門家にとっては垂涎の的である。先生が教壇を引かれるころには、いずれこの本を譲ってほしいという申し出が相次いだとのこと。先生は私に、これは武蔵に寄贈したい、そして研究する学者の目に入るようにしてほしいとおっしゃった。私は即座に、必ずご意向に沿うように取り計らいます、しかしまだ先生がお元気なうちは御手許にお置きになってくださいと申し上げたのだった。

  そして平成四年、いよいよそのときが来て私が仲介の立場になった。そのとき学園の首脳部から、そんな値段もつけられないような貴重な寄贈をただ戴くというわけにはいかないのではないか、という声が上がった。先生にはそんなつもりはないと言ったのだが、それを証明するてだてがなかった。
 私は意を決して先生のお宅にうかがった。話を始めたとたんに「鳥居さんいまごろ何を言っているのですか」と御夫妻に頭から叱られた。これで一件落着である。大学に戻り、「いろいろ言ってくる人たちに黙って見せれば済むようなものがあるといいが」という先生の言葉もあったがと伝えると、学園は、貴重な図書を無償で寄贈されたことへの感謝状を贈り、それが先生の応接間に飾られた。
 先生は平成八年一月に他界されたが、松屋本書入れ山家集は、その後に造られた貴重図書室に大切に保管されている。私にとって、いや、武蔵学園にとって、長年お世話になった温厚な平井先生を偲ぶかけがえのない形見である。あとは、先生が希望されたように多くの西行研究者の眼に触れることを期待するばかりである。