武蔵大学讃歌

武蔵大学

本学の前身は明治、大正、昭和にわたり、財界で活躍した根津嘉一郎(初代)が1922(大正11)年に開校した、わが国初の旧制七年制の武蔵高等学校です。その後、1949(昭和24)年の学制改革に際し、経済学部の単科大学として武蔵大学を開設。現在では4学部9学科の総合大学となりました。
武蔵大学の沿革はこちらをご覧ください。

武蔵大学讃歌について

『武蔵大学讃歌』は本学卒業生の作詞作曲によるもので、1954年(昭和29年)に発表されました。
発表から60年を記念し、学生生活を支える時報として、今後も学生・教職員に親しまれる讃歌を継承してまいります。

武蔵大学讃歌

武蔵大学讃歌 歌詞
武蔵大学讃歌 歌詞

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「武蔵大学讃歌」誕生のルーツを探る。
「武蔵大学讃歌」との運命的な出会い。

「武蔵大学讃歌」には、誰も知らないまぼろしの歌詞が存在していた?!

武蔵大学OBなら誰でも記憶に残っている「武蔵大学讃歌」。皆様はご存知でしょうか?
新入生歓迎会で初めて耳にし、その後は納会で、コンパで、卒業式で、同期会で、そして留学生も一緒に歌う、「朝霧深き 武蔵野の かすむ木立の翠くして・・・武蔵~武蔵~おお武蔵」の「武蔵大学讃歌」の作詞者を。その方のお名前は、向山名誉教授を「向山君」と呼ぶ、1回生の斎藤忠三さんです。

雨の降りしきる5月、斎藤忠三さんのお住まいのある成城でお話をお伺い致しました。
斎藤さんは、1929年(昭和4年)6月12日生まれの86歳。旧制静岡高校を卒業して、故鈴木武雄学部長をはじめ教授陣の充実した、武蔵大学経済学部3年へと編入されました。静岡高校時代は映画研究会に所属し、NHK静岡局の映画批評番組をご担当されていたそうです。武蔵大学在学中は、「映画演劇研究会」に所属され、1ヶ月に最多36本もの映画を観たこともあるそうです。当時の映画の話題になると、一段と目が輝いていらっしゃいました。

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斎藤忠三さん
斎藤忠三さん(1回生)
武蔵大学 -我が心の風景- part1

武蔵大学 -我が心の風景- part2

武蔵大学 -我が心の風景- part3