第2回第一學寮(昭和47年入寮24回生)同期会

開催日時2023年4月1日(土) 12時00分~16時30分
開催場所同窓会会議室  
懇親会 魚がし鮨
参加人数14名

 昨年10月1日、半世紀振りに第一学寮昭和47年組入寮24回生が江古田で出会いました。まるで「50年経ったらまた会おう」と約束していたかの様に。そして本日は半世紀ぶりの再会から半年、2回目の「寄合」です。
 どうしても都合の付かない者もいましたが、連絡のつく者皆参加してくれました。今回、新たにT君が長野県から駆けつけてくれました。眼病を患っているにも関わらず、切符購入、行先確認、電車選択、乗降等様々な障害を跳ね返しての参加です。暖かい性格と落ち着いた言動に、我々がどれだけ助けられたか、さすがです。そして今回特筆すべきは,私達の後輩25回生(4名)も参加してくれた事です。

「寄合」は、鬼籍に入った押切君への黙祷から始まり、続いて今回駆けつけてくれた25回生の有志の挨拶へと続きました。知らず知らずに、私達も先輩から受け継いだ絆を無事後輩たちに受け渡し出来ていた様です。家族、仕事、健康、これからの事等各自の課題は色々ですが、我々と同様皆相変わらずの寮生ぶり。話している内に徐々に硬さも解け、忽ち半世紀前に戻りました。とりわけ喜んでいたのは、I君(山梨県)とG君(群馬県)です。I君にとっては少林寺拳法で鍛えた後輩達ですし、G君はS君と寮で同室でした。
 淡々と「寄合」は進行し各人の発言終了。相互に現状を確認し全員大講堂前で記念撮影です。全員ひな壇に収まり記念撮影ですが、隣に「入学式会場」の看板がありました。すかさず、「もう一回やり直せ」、「小学生からな」の声が上がりました。やれやれ!皆楽しそうです。

 記念撮影終了後、江古田駅近くの二次会場に向かうのですが、ここでちょっとハプニングがありました。前回と同じ会場にも拘わらず江古田の変貌ぶりに会場の位置が分からず右往左往。無理もありません。コーヒー1杯確か130円の時代とは違います。現在の江古田に危うく遭難しそうになりましたが、何とか会場に到着。

 二次会は、全員の顔が近くなり「ああだこうだ」の楽しい時間。アルコールが入ってより元気になる者、体に気を付けてウーロン茶だけで済ます者、次から次へと運ばれるご馳走に舌鼓を打つ者、身近に起きた出来事を全員に披露する者、半世紀前と変わらない構図です。
 記憶の底から様々な思い出が湧き上がって来ます。寮の宴会で飲みすぎ倒れた者、飲ませすぎた者、飲み足りない者、手拍子を打つ者、歌った者、踊った者、叫んだ者、走り回った者。宴会を離れれば、深夜お腹が空いて食堂で帰りの遅い者の食事をずっと待ち受けていた者、ラーメンを作っていた者、コーヒーカップを持って各部屋を廻っていた者。麻雀部屋に居続けた者。ただ、こうした者ばかりでは無く、しっかりスポーツ、読書、勉強をしていた者もおりますので記しておきます。

 明日(4月2日)は大学入学式。私達24回生の入学式は昭和47年(1972年)、今から51年前に大講堂で執り行われました。大講堂は当時も今も堂々とした威容を示し若者達を迎えています。
 私達は寮で出会いました。地方から上京し、東京で生活する事への不安とそれに対応できる環境からか、朝霞第一学寮で学生生活を始めました。寮での出会いはスタートから多様性に富んでいました。現役入学もおれば浪人もおりますし社会人を経験して入学した者もおります。経済学部もあれば人文学部もあり、北海道出身もいれば鹿児島出身もいました。一つ屋根の下、同じ釜の飯を食い、共同生活を通して互いに友人となるのにさほど時間はかかりませんでした。この時期の若者の特権でしょうか。そしてかけがえのない存在になりました。
 次回、第3回目の寄合(9月30日)では思い出多い朝霞を訪れます。

「寄合」前に、濯川のほとりを歩いて来ました。半世紀前には無かった建物と学園創立以前から湧き続ける源泉を水源とする濯川との対比が素敵で、この光景はずっと続くのだろうなと思っています。新入生達がこの光景を眼にし、此処に集い、後世に伝えて欲しいと願います。

(報告者:芳賀俊一 24回人文)

※平成30年12月以前の開催報告は、旧サイトでご確認下さい。